紙のはじまり


さぁ、はじめよう!!

文字やイラストを書いたりものを包んだりと、様々な用途に使われている紙。今でこそパソコンやスマートフォン、タブレットなどが普及し、記録を電子データに保存することも増えてきましたが、昔から記録を残す媒体として活用されていますよね。

紫式部により執筆された長編物語「源氏物語」や、清少納言により執筆された随筆「枕草子」などの書物が残っていることから、1200年以上前の平安時代には「紙」が存在していたのだろうと、なんとなく推測できるのですが、いつ頃から紙が使われるようになったのか、ふと気になったのでまとめてみました。

 

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 紙とは      
主に植物性繊維を材料とし、薄く漉いてたいらに成形したもの、文字やイラストを書いたり、折り曲げたりして使用するもの。

 

 紙のはじまり      
 パルピス紙 
紙の起源とされているのが、約5000年前の古代エジプトで使用されていた、パピルス草の茎の縦横に重ねてつくられたパピルス紙。ただし、現在の紙の定義とは異なるため、正確には紙とは違うようだ。

また、紙がつくられるようになるまでは、記録を残すものとしてパピルス紙以外にも、楔形文字(くさびがたもじ)を刻み記す「粘土版」や、羊の皮を使った「羊皮紙(ようひし)/ parchment(パーチメント)」、短冊状の細長い板状のものを使った「木簡もっかん)」や「竹簡(ちくかん」、絹の織物を使った「絹布(けんぷ)」などの「紙のようなもの」が使われていたらしい。

ちなみに、「紙」を意味する英語の「paper(ペーパー)」やフランス語の「papier(パピエ)」などは、「papier(パピルス)」が語源となっている。また、「紙」という漢字は、「糸」を示す象形文字と匙(さじ)の形を描く象形文字「氏」を組み合わせた「蚕糸を匙のように薄く平らに漉いた柔らかいもの」の意味から成り立った文字である。日本に紙が普及する前までは、「木簡」に墨で文字を書き記していたようで、「簡」の字の音読みから「かみ」に変化したとされる。

 

 放馬灘紙 ほうばたんし 
1986年に中国甘粛省天水市の遺跡で発掘された麻の紙に前漢時代の地図が描かれていたことから、紀元前179年頃から紀元前142年頃の前漢第6代皇帝・景帝(けいてい)ものと推定され、現存する世界最古の紙とされている。

 

 

 日本の紙のはじまり      
日本に「紙」が伝来したのは、610年の飛鳥時代。朝鮮の古代三国の一つである高句麗(こうくり)の僧侶 曇徴(どんちょう)により儒教の五経や絵画の彩色の法、墨の製法、碾磑(みずうす / 水力を利用した臼)などと一緒に伝えられたとされる。その後は、日本独自の和紙として発展を遂げることとなる。

日本で現存する最古の紙は、奈良の正倉院(しょうそういん)に保管されている、702年の美濃・筑前・豊前の戸籍用紙とされる。

また、現存する世界最古の印刷物は奈良の法隆寺や東大寺、薬師寺などの10大寺に奉納されている百万塔陀羅尼(ひゃくまんとう だらに)とされる。

 

 曇徴 
生没年不詳 。朝鮮の古代三国の一つである高句麗(こうくり)の僧侶で、 610年に高句麗26代目の王 嬰陽王(えいようおう / 生年不詳 – 618年)の王命により、法定(ほうじょう)とともに渡来した。

 百万塔陀羅尼 
奈良時代の764年におこった、恵美押勝の乱(えみのおしかつの乱 / または藤原仲麻呂の乱)後の動乱を鎮めるため、当時の天皇であった孝謙天皇(こうけんてんのう)が国家安泰を願い、6年の歳月をかけて高さ20㎝ほどの小さな木製の三重の塔を100万基をつくあげ、奈良の法隆寺や東大寺、近畿地方の国分寺などの10大寺に、それぞれ百万塔を10万基ずつ奉納された。

 

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その百万塔の中には、延命、除災のための経典である「無垢浄光陀羅尼経(むくじょうこうだらにきょう)」に説かれる根本陀羅尼(こんぽんだらに)、相輪陀羅尼(そうりんだらに)、自心印陀羅尼(じしんいんだらに)、六度陀羅尼(りくどだらに)の4種類の陀羅尼経を100万巻き印刷したものが納められている。現在残っている塔は法隆寺に安置された4万5千数基のみだけだそうだ。

陀羅尼経の印刷方法については、木版に経文を彫って紙を載せて写し取った、または銅板に凸状に経文を彫って紙を下にして捺印のように押し当てて写し取った二説があるそうだ。

 

 孝謙天皇 
日本の46代目天皇。後の48代目 称徳天皇(しょうとくてんのう)。
現在までに重祚(ちょうそ /一度退位した君主が再び即位すること)した2人のうちの一人で、史上6人目の女帝。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。
それでは、see you next time.

 

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